静謐な武装の顕現
ステートメント
Section titled “ステートメント”「能面のような顔」という表現が現代日本語に生き続けている。感情を読ませない人——特に女性——への形容として。小面が生まれた室町時代から600余年、この面は変わらず、感情の抑制を品格として内面化した女性規範の記号であり続けている。
小面から般若へ、という変容の軸がある。抑圧が崩壊し、鬼と化す。この面が向かうのは、それとは別の軸——崩壊ではなく、武装。感情を制御したまま、棘を持つ。パンクにおけるスタッズと同じ身振りだ——「触れるな」という身体的な拒絶のシグナル。美しく整えられたものが、初めて危険になる。世阿弥が猿楽を雅楽の美学と接ぎ木したときも、その身振りは同じだった。能は純粋な伝統ではなく、越境と合成の産物だ。
白黒のマーブルに覆われ、経年の傷と汚れを帯びた小面に、シルバーのスパイクが生える。ただ、触れれば傷つく。中間表情は変わらない。感情は表に出ない。その目が、内側から光る。光はいつも外から来た。この面は自ら灯る。人の気配に、赤く。聴衆ではなく、向かい合う者の表情を歪ませる。一方的に見られ、読まれる側だった顔が、初めて反撃する。
これは爆発ではない。静謐なまま、武装が顕現する。- 本格的な個人作品としての一作目
- お面を作ってみたいと思った
- デジタルかつソフトなものばかり作ってきているので、もっとアナログで物理的な質感を持つものを作ってみたかった
- 題材として、日本の伝統を再解釈するような方向性で作ってみたいと思った
- 自分を自分足らしめている大きな要素である日本というネイションへの関心から、その伝統をルネサンス的な観点で捉え直してみたかった
- 能面、中でも小面(女面)を題材にした
- 小面は演者から独立して存在するとき、他の面にはない不気味さを帯びる
- 不気味さは例外や異常のシグナルであり、そこから何がその状態を成立させていたかが見えてくるという構造に強く惹かれている
面の不気味さと女性規範
Section titled “面の不気味さと女性規範”- 能面は中間表情であるため、見る角度や光の当たり方によって表情が変わって見える面白さがある
- 一方で、人間が装着しているときは生き生きして見える面も、単体で存在するときには不気味さを覚える
- 特に人間的なデザインの女面(小面)は、その精気のなさに恐怖を覚える
- 男面は少年〜壮年、身分、状況に応じて細かく区別され、特定人物専用の面もある
- 役柄としての来歴が皺や表情に刻まれており、「誰か」の顔として個性を持つ
- 一方、女面の中でも小面は頬がふっくらとした皺のない造形で、最も理想化された若さそのものを表す面
- つまり小面は「誰か」ではなく「理想化された若さ」を表す面であり、個としての履歴を持たない
- 特に人間的なデザインの女面(小面)は、その精気のなさに恐怖を覚える
- この不気味さの正体は「内側が表に出ていない」ことにある
- これは室町時代に生まれた「感情を顔に出さない=品格」という女性規範が、その状態を要求してきたことに起因する
- つまり、装着された文脈では「品格」、単体で存在する文脈では「不気味さ」と、捉え方が文脈に依存している
- 「能面のような顔」という表現が現代日本語で今も生きているのは、この規範が600年余りを経てなお同じ記号として機能している証といえる
内面性の可視化とスタッズ
Section titled “内面性の可視化とスタッズ”- 前述した内面性を外側に持ってきて可視化してみれば面白いのではないかと考えた
- 面の表情自体を大きく変えるのではなく、テクスチャを変えたり内面の過剰さを前面に持ってくることに主眼を置きたかった
- その激しさの表現として、スタッズ・スパイクを採用した
- 小面→般若の変容が「内側の感情が外見を蝕む」ものだとすると、棘は「感情を制御したまま、外側に牙を持つ」という別軸の新しい変容を示す
- 抑圧を壊すのではなく、抑圧したまま武装する
- 小面→般若の変容が「内側の感情が外見を蝕む」ものだとすると、棘は「感情を制御したまま、外側に牙を持つ」という別軸の新しい変容を示す
パンクへの接続
Section titled “パンクへの接続”- 文化理論家ディック・ヘブディジの研究(Subculture: The Meaning of Style, 1979)によれば、パンクのファッションは、支配的文化の象徴を奪い取り意味を転覆させる「記号論的ゲリラ戦」である
- 安全ピン・スタッズ・スパイクは元々「危険なもの」ではなかったが、それを装飾に転用することで「触れるな」という身体的な拒絶のシグナルを可視化した(ブリコラージュ)
- ブリコラージュが効くのは、元々無害だったものを装飾に転用することで生まれる「ギャップ」が、はじめから危険なものを使うよりもかえって強い危険さを見せるからである
- すでにパンクの文脈で「危険・拒絶」の記号として読まれているスタッズを、伝統的な能面という別の文脈に転用するこの作品も、異なる文脈の記号を衝突させるという意味では同じブリコラージュの構造を持つ
- 「品格の記号(能)」と「攻撃性の記号(パンク)」という、普段は交わらない2つの文脈がぶつかる違和感を生んでいる
- これを面に重ねると、棘をつけるということは、完璧に制御された顔を「危険」に変え、それまで一方的に「見られ・読まれる」側だった顔が初めて反撃することを意味する
光の反転と個人への照準
Section titled “光の反転と個人への照準”- 他にも、光を当てられる受動的な存在ではなく、自ら光を放つ能動的な存在にすることで、また別の形で攻撃性を表現できると考えた
- 能面は伝統的に外から光を当てられる
- 照ル・曇ルの技法も、外部の光を受けて表情が変わる仕組みで、面は光を受ける側、つまり受動的な存在として設計されている
- この作品では目と口の内側にLEDを仕込み、内側から光を発する
- 外から受ける→内から発する、受動から能動へという反転になる
- 能では「外から光を当てる→面の表情が変わる」という主体と客体の構図だが、この作品では「人が近づく→面が光を発する→その光が人の顔に当たる→人の表情が変わる」という逆の構図になる
- 見られる対象が、見る者に作用する側に転じる
- 能面は伝統的に外から光を当てられる
- しかもそれが不特定多数ではなく、ある個人に向けられたものだとすれば、その個人が体感する攻撃性はより上がるのではないか
- そのため人感センサと連動させ、鑑賞者が近づいたときだけ赤く発光する仕組みにした
- 赤は警告・危険のシグナルとして機能し、心拍数や血圧を上げるなど生理的な興奮を引き起こす色とされる
- 攻撃性を表現するうえで、この心理的効果を意識した
- 能は舞台と客席があり、面は聴衆全体に向けて演じるものだが、この作品の発光は近づいた特定の一人だけに向けられる
- 上演ではなく一対一の反応で、見る者が聴衆になるのではなく面と対峙する個人になる
- そのため人感センサと連動させ、鑑賞者が近づいたときだけ赤く発光する仕組みにした
ルネサンス的視点
Section titled “ルネサンス的視点”- 伝統を越境的に再解釈するルネサンス的視点は、モチーフとなった能の起源そのものでもある
- 能は当時「高尚な芸能」とされていなかった猿楽・田楽を起点としており、それを能として成立させたこと自体が一つの「逸脱」だった
- 世阿弥・観阿弥が将軍の庇護を得て雅楽や和歌の美学を取り込み、能を成立させたことは、当時の文脈では大胆な文化的越境だった
- 能は最初から純粋な伝統ではなく、合成と進化の産物
- 前シテ(仮の姿)が後シテ(真の正体)を現す夢幻能という構造も、世阿弥が大成した発明である
- 日本の「伝統文化」と呼ばれるものの相当部分は、明治以降に「伝統として整備された」近代以降の構築物でもある
- 能楽は1957年に重要無形文化財に指定され、ユネスコ登録は2001年であり、制度としての「保護」は比較的新しい
- 以下では各工程を詳細な手順としてではなく、概要・重要なポイント・詰まった点・面白い発見を中心に紹介する
- あえてチープなプラスチックの面からスタートすることにした
- 面をゼロから彫るのは困難だった
- 伝統的な木彫りの能面を購入するのも金銭的に難しかった
- 言い訳がましいが、量産のプラスチック面を土台にすること自体、伝統的な木彫りの工程を経ない現代的な出発点になるとも考えた
- Amazonで3,000円程度の小面を購入した
- 顔に翳りが出るようなメリハリが欲しく、ペーパーナイフで削った
- かなり固く、思ったように掘れなかった
- 彫刻刀のほうが良かったかもしれない
- 盛りにはパテを人生で初めて使った
- 指につくととにかく取れない
- 少し余分に盛っておき、あとからサンドペーパーで削る方針にしたが、思ったよりも段差が目立った
- 滑らかに削るのが大変で指が痛くなった
- 電動リューターのようなものがあればよかったかもしれない
- ただ、この段差は色を入れるとそこまで目立たなくなるものでもある
- 滑らかに削るのが大変で指が痛くなった
- 目的は塗装しやすい下地をつくることと、色を統一して発色を均一にすること
- ラッカー系スプレープライマーを吹いた
- 30分ぐらいのインターバルを設けつつ、3回ほど吹いた
- 盛りの段階でのヤスリがけが甘く、全体がグレーになったことでその段差が目立ち、パテ盛りへの手戻りが発生したのは反省点
- 逆にこの工程で段差が滑らかになっていくという側面もある
- 下地を含め、塗装系の工程は今回何段階かあったが、インターバルが長く大変だった
- 屋外でしかできないのも面倒だった
彩色・劣化加工
Section titled “彩色・劣化加工”- 白スプレーを全体にかけた
- その上からアクリル絵の具で彩色していった
- 細かい部分は面相筆、広い部分は平筆を使った
- 十分に乾いたら、表面にデザインナイフで傷を入れた
- 黒と茶のアクリル絵の具を水で薄く溶いて全体に流し、ティッシュで叩くように拭うウォッシングを行った
スタッズ取り付けと劣化加工
Section titled “スタッズ取り付けと劣化加工”- Amazonで購入したが、とにかくノーブランドのものしかなく、何が良いものなのかよく分からなかった
- ピンバイスで穴を空け、スタッズ・スパイクを取り付けた
- スタッズやスパイクは「ネジ式(スクリューバック)」と呼ばれる構造になっていて、裏面から土台のネジ山を通し、表からスタッズ・スパイクを留める
- スタッズ・スパイクも取り付け後にデザインナイフで傷を付け、彩色時と同様のウォッシングを行った
- クリアコートを吹くのは、アクリル絵の具などの塗装を水・摩擦・経年で剥がれることから守るため
- マット(艶消し)クリアコートスプレーを吹いた
- グロス(光沢)ではなくマットを選んだのは、そちらのほうが劣化加工と相性が良いという判断から
ファー取り付け
Section titled “ファー取り付け”- よりトゲトゲしさ・圧のようなものを表現したくてファーを取り付けた
- 取り付け後、白・茶・赤のアクリル絵の具をまばらに入れ、劣化加工と血糊っぽい不気味な演出を加えた
発光ギミック組み込み
Section titled “発光ギミック組み込み”- 人が近づいたら発光する仕組みを作りたかった
- そのため人感センサとLED複数個が必要になった
マイコン・電源選定
Section titled “マイコン・電源選定”- 制御方法として、ゼロから回路を組むことも考えたが、そこに工数を割きたくなかったため、マイコンでソフトウェア的に制御することにした
- おそらくゼロから回路を組んだほうが省スペース化はできたと思う
- マイコンは目立たない場所に、小型のものを選ぶ必要があった
- デザインを損なわないよう、面の表側には最低限しか出したくなかった
- 面はかぶれる状態を保ちたかった
- 当初案としてArduino Nano + モバイルバッテリーを検討した
- 使い慣れていてサンプル・ドキュメントも豊富でシンプルという理由で選定
- モバイルバッテリーはカード型のものを選定してみたが、今回のように消費電流が極端に少ない場合、自動シャットオフにより突然切れてしまうリスクがあった
- 低電流モード対応ならこれを回避できるが、カード型かつ信頼できるメーカーでこの仕様が明記されているものが見つからなかった
- バッテリーエコキャンセル基板の導入を検討したが、部品が増えて面の裏に収まらなくなる可能性が高く断念
- マイコンにLiPoを取り付け、LiPoにモバイルバッテリーなどで給電し、モバイルバッテリーを取り外しても動作するようにすることを考えた
- Seeed XIAO RP2040とAdafruit Feather RP2040が候補に上がり、ドキュメントや入手性、使いやすさよりもサイズの小ささを取って前者に決定
部品選定の想定外
Section titled “部品選定の想定外”- 届いていざ作業しようとしたところ、Seeed XIAO RP2040にはLiPoを取り付けられないことが発覚した
- 再調査し、これに近いSeeed XIAO nRF52840 Plusを採用した
- LiPoの取り付けといっても専用のコネクタがあるわけではなく、基板裏にはんだで取り付ける形だったのも想定外だった
- LiPo側もJST GH(1.25mmピッチ)だと思って購入したところ、実際にはJST PH(2.0mmピッチ)だった
- LiPoに付属していたJST PHのケーブルを切断し、JST GHのオスを無理やりはんだ付けした
- SB612Bが思ったよりも大きく、同じ3ピンで動作するAM312に変更した
- 人感センサは唯一表に出る部品のため、大きいと目立って作品の雰囲気を壊す可能性があった
- 商品画像・商品タイトル・商品説明を総合的に確認して購入することが重要だと学んだ
開発環境セットアップ
Section titled “開発環境セットアップ”- 開発環境はArduino IDEが利用可能だった
- ただし、 Seeed nRF52 Boardsのパッケージインデックス のボードパッケージを追加でインストールする必要がある
- 初回以降の書き込みは、ボードを手動でDFUモードに入れる操作が毎回必要で面倒だった
- DFU(Device Firmware Update)モードとは、USB経由でファームウェアを書き込むための特別な起動モード
- 通常の動作中のプログラムを止めて、このモードに切り替えないと新しいコードを書き込めない
- 基板裏の
RSTと印字された、非常に小さいボタンを2回素早く押す操作
- DFU(Device Firmware Update)モードとは、USB経由でファームウェアを書き込むための特別な起動モード
組み立てとソースコード
Section titled “組み立てとソースコード”- Seeed XIAO nRF52840 Plusはユニバーサル基板にピンソケットをはんだ付けし、その上に乗せることで着脱可能にした
- 書き込み時に取り外したり、他の用途に転用する可能性があったため
- 人感センサとLEDはユニバーサル基板にケーブルをはんだ付けし、その先に取り付けた
- 人感センサとLEDは柔軟に取り回す必要があったため
- 想定以上にケーブル量が増え、結束バンドでまとめないと配線が収拾つかなくなるほどだった
- LiPo・ユニバーサル基板・人感センサ(AM312)は、いずれもマジックテープで面裏に着脱可能に固定した
- ソースコードは以下の通り
const int pirPin = D0;const int ledPins[] = {D1, D2, D3, D4};const int ledCount = 4;
void setup() { pinMode(LED_BUILTIN, OUTPUT); digitalWrite(LED_BUILTIN, LOW);
pinMode(pirPin, INPUT); for (int i = 0; i < ledCount; i++) { pinMode(ledPins[i], OUTPUT); digitalWrite(ledPins[i], LOW); }}
void loop() { int pirVal = digitalRead(pirPin); digitalWrite(LED_BUILTIN, pirVal); bool detected = pirVal == HIGH; for (int i = 0; i < ledCount; i++) { digitalWrite(ledPins[i], detected ? HIGH : LOW); }}

- これまでにやってきたソフトウェアや電子工作の技術を使いつつも、その域を出た創作ができて、自分のカバーできる範囲が広がった
- お面のサイズという物理的な制約でマイコンやセンサの構成を選定するのははじめてで面白かった
- 次は油絵の現代的解釈とか彫刻をやってみたい